こんなにあったかオーパーツ!意味の分からない謎の物体23

オーパーツ


この記事でわかること
・世界の様々なオーパーツ
・オーパーツに隠された謎
・オーパーツの真相

世界中で発見される存在するはずのない謎の遺物「オーパーツ」。考古学的矛盾と呼ばれるこのオーパーツには数多くの謎が隠されています。

今回はこれまでに発見された有名なオーパーツと考えられるその正体についてご紹介します。

 
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世界のオーパーツ

ここでは、これまでに発見されてきたオーパーツをまとめてみました。その内容と写真も掲載しています。地球最大の謎のひとつ「オーパーツ」の世界に浸ってみましょう。

クリスタルスカル 水晶の髑髏

クリスタルスカルは1927年にイギリスのF・A・ミッチェル=ヘッジスによってルバアントゥン遺跡で発見されたのを皮切りに、その後世界中で十数個の発見報告がされた有名なオーパーツです。

このクリスタルスカルは人間の頭蓋骨とほぼ同じ大きさをしており、解剖学的にみても非常に精巧に作られていました。

クリスタルスカル

image by wikimedia

これらのクリスタルスカルには下記のような特徴があったといいます。

・顔を復元させるとマヤ人と同じ、モンゴロイドの顔付きになる

・道具で加工した跡がない

・1個の水晶から作られている

・下から光を当てると目に光が集中する

・太陽光を当てると虹色に光る

・ロウソクの炎を当てると紫色に光る

発見当初クリスタルスカルはマヤ文明やアステカ文明などの古代文明が残した考古遺物だと考えられました。そして、古代文明では作製が不可能なはずの謎の髑髏に多くの研究が首を傾げたのです。

また、アメリカの先住民族には「世界には13個の水晶でできた髑髏が存在し、すべて揃うと人類の秘密が明かされる」という伝承があると噂が流れると世界中のミステリーファンからの注目を集めることになります。

ブリティッシュスカル

image by Gryffindor(大英博物館)

しかし、2008年にスミソニアン研究所で詳しい検査が行われたところ、クリスタルスカルの表面からダイヤモンド研磨剤の切断痕が見つかり19世紀頃の近代になってから作られたものだとわかったのです。

他のクリスタルスカルに関しても商人が金銭目的に作ったのではないかといわれており、現在では偽物という見方が一般的になっています。
 

黄金シャトル 謎の金細工

黄金シャトルはコロンビアの古代遺跡から発見された黄金で作られた飛行機のような装飾品です。「黄金スペースシャトル」や「黄金ジェット」とも呼ばれるこのオーパーツはシヌー文化時代(紀元500年~800年)もしくはそれよりも古いプレ・インカ文明のものと考えられています。

幅5センチメートル、高さ1センチメートルほどの大きさでペンダントなどのアクセサリーとして作られたのではないかといわれています。

黄金シャトルは発見初期には鳥や昆虫を模したものだとされていましたが、ヘリコプターのパイオニアであるアメリカの発明家アーサー・ヤングの調べで非常に航空力学にかなった飛行機としての形状をしていることがわかっています。

黄金シャトル 種類

image by 不思議古代百科

黄金シャトルは最初に紹介したものの他にも複数見つかっており、鳥の羽毛や昆虫の翅のような模様が刻まれたものも存在しています。

そのためこれらは基本的には現地の生物を模して作られたと考えられており、件の黄金シャトルも現地に生息するプレコというナマズがモデルではないかと考えられています。

黄金シャトルのモデル プレコ

image by wikimedia

余談ですが黄金シャトルが作られた時期はナスカの地上絵と重なり、黄金シャトルの発掘地であるコロンビアとナスカの地上絵のあるペルーは比較的近い地域にあたります。

これらはそれぞれに非常に似た描写のものも存在していますが、この二つに因果関係があるのかは分かっていません。

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コスタリカの石球 石の真球

コスタリカの石球は1930年初期にコスタリカの密林で200個以上発見された謎の石球体です。このオーパーツの大きさは直径2センチメートルのものから直径2メートルのものまでと幅広く、最重量のものは25トンを超えていました。

調査の結果この石球は現地産の深成岩から造られたことが分かっており、西暦300~800年頃にこの地で栄えたディキス石器文化時代の遺物だと考えられています。

コスタリカの石球

image by wikimedia

コスタリカの石球は保存状態が劣悪だったため完全な形で残っているものは多くありません。しかし、比較的状態の良いものでは新球との誤差が0.2%しかないものや直径の誤差が2ミリメートル程度しかないほぼ同じ2つの球体も発見されています。

今から1200~1700年も前の人々がどのようにしてこれほど精密な石球を造ることができたのか研究者たちは頭を悩ませました。しかし、現在では当時の石削り技術を使って長い時間さえかければ当時でもこのような石球を造ることが可能だったのではないかと考えられています。

コスタリカの石球 配置

image by wikimedia

これらの石球の配置には規則性があり線状の刻印があるものも見つかっていることから、コスタリカの石球は天体や星座を再現するために作られたといわれています。しかし、何故ディキス石器文化時代の人々が長い時間をかけてまで地表に星座を再現したのかはわかっていません。

ちなみに同じような石球は世界各地で発見されており、日本でも熊本県の球磨郡多良木町や千葉県の城ヶ崎海岸などで見つかっています。

これらの球体は人工的に造られたという説や水中で岩場などに閉じ込められた岩が球状風化したものが海底隆起したことにより地表に現れたという説などが存在しています。

海底に沈んだという伝説のあるアトランティス大陸については関連記事にまとめています。
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ピーリー・レイースの地図 謎の南極大陸

ピーリー・レイース(ピーリー提督)の地図はオスマン帝国の海軍軍人であるアフメット・ムヒッディン・ピーリーが1513年に描いた当時最高の世界地図です。「ピリ・レイスの地図」と呼ばれることもあります。

1929年にイスタンブルのトプカプ宮殿博物館の倉庫から発見されたこの地図は右半分が失われていましたが、残された左半分には大西洋が描かれておりアメリカ大陸を描いた現存する最古の世界地図でした。

ピーリー・レイースの地図

image by Piri Reis map

しかし、アメリカの古地図研究家アーリントン・マレリーがこの地図を分析したところ1820年頃になってようやく発見されたはずの南極大陸とみられる大陸が地図の下部に描かれていたのです。また、コロンブスがアメリカ大陸を発見してから20年ほどしか経過していないにも関わらず地図に描かれたアメリカ大陸の海岸線は非常に精密なものでした。

このアーリントン・マレリーの発見によりピーリー・レイースの地図は当時では描かれるはずがなかったオーバーテクノロジーとしてオーパーツの仲間入りを果たしたのです。

さらにピーリー・レイースの地図を描く際にピーリー提督が参考にしたとされる33枚の地図のうち20枚の正体が不明だったこともミステリーファンを強く引き付ける要因のひとつになりました。

ピーリー・レイースの地図の謎

image by Piri Reis map

しかし、現在ではピーリー・レイースの地図に描かれている問題の大陸は南極大陸ではないという見方が一般的です。地図の左側に描かれている南アメリカ大陸が下に降りるにつれ右側に湾曲して描かれていると考えると地形が完全に一致していることがわかったからです。

この地図の下部にある南極大陸と思われた部分と左側に描かれた南アメリカ大陸は陸続きになっており、さらに南アメリカ太平洋沿岸部の砂漠と一致する位置に「灼熱の砂漠」という記述までありました。また、コロンブスの調査隊が早い時期にアメリカ大陸沿岸部の調査をしていたことも明らかになりました。

ピーリー・レイースの地図は当時としては非常に高価なガゼルの羊皮紙に描かれており、スペースを節約するために南アメリカ大陸を湾曲して描いたのではないかと考えられています。

アメリカ大陸を発見したコロンブスについては他の記事に詳しくまとめています。
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デリーの鉄柱 錆びない鉄

デリーの鉄柱は世界遺産「デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群」に含まれる錆びない鉄柱のことです。この鉄柱は99.7%という高純度の鉄で作られており、直径は44センチメートル、高さは7メートル、地中部分で2メートルあり重量は10トンにも達します。

紀元415年頃に建てられたと考えられており、現在ではインドの観光スポットのひとつとして世界的に有名です。

デリーの鉄柱

image by wikimedia

一般的には高純度の鉄でも50年ほどで内部が錆びてしまうといわれていますが、デリーの鉄柱は1500年以上風雨に晒されながらも錆びに浸食されていません。また、鉄柱の表面には古代文字のサンスクリット語が刻まれており、その神秘さからオーパーツのひとつとして数えられています。

デリーの鉄柱 サンスクリット語

image by wikimedia

現地では古くから鉄を精製する際にミミセンナという植物を混ぜることが知られていますが、これに含まれるリンがリン酸化合物として鉄柱表面にコーティングされることで強い耐腐食性を得たのではないかと考えられています。他にも現地では身体に油を塗って日焼け止めにする風習があり、その原住民らが触ることで鉄柱表面に油が付着し錆びにくくなったともいわれています。

デリーの鉄柱 ミミセンナ

image by wikimedia

しかし、これらの説を持ってしても1500年以上錆びない鉄材を当時の技術力で製造できたことは不思議と言わざるを得ません。

余談ですがデリーの鉄柱のような錆びない金属を目指して現在では広く使われているステンレス鉱が開発されたといわれています。

解読不能の文字が刻まれた不思議な遺物は数多く発見されています。謎のオーパーツ死海文書については関連記事にまとめています。

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アンティキティラ島の機械 最古の計算機

アンティキティラ島の機械は1901年にアンティキティラの沈没船から見つかりました。紀元前100年頃の古代ギリシアで作られたと見られるこの歯車式機械には天体の動きを計算する機能があることがわかったのです。

高度な天文学と数学を用いて作られたこの機械は「最古のアナログコンピューター」と呼ばれました。イギリスのマイケル・エドマンド教授はこの機械のデザイン性・天文学的正確性は常軌を逸しているとし、人類にとってモナリザよりも価値が高い発明品だと評しています。

それまでこの機械と同様の技術レベルが得られるようになるのは古代ギリシアよりも1000年も後という認識でした。そのためアンティキティラ島の機械はオーバーテクノロジーの遺物としてオーパーツのひとつに数えられたのです。

アンティキティラ島の機械

image by wikimedia

その後、エックス線などを用いた数々の研究によりアンティキティラ島の機械には下記のような機能があったことがわかっています。

・1年周期と4年周期の二つの期間をそれぞれ計測し、うるう年にも対応

・太陽と月の位置を予測し惑星運動も計算

・月の満ち欠けを計算し日食月食の起こる日を計測

また、機械外部の研究も進み本体には当時の文字で天文学や機械学ごとのマニュアルも彫られていることがわかりました。復元模型も作られ、実際に動作することも証明されています。

アンティキティラ島の機械は4年周期や天体の運動を計測していたため、古代オリンピックの開催時期の計測や日食月食の予測に用いられたのではないかと考えられています。

当時は学問格差が激しく一部の有識者を除く多くの庶民たちは日食や月食を超常現象的な凶兆と考えており混乱を招くことがあったといわれています。

アンティキティラ島の機械の復元模型

image by wikimedia

共和制ローマ当時の政治家であり哲学者でもあるマルクス・トゥッリウス・キケロの書物にはアンティキティラ島の機械に似た二つのプラネタリウム(太陽系儀)のような機械の存在について触れられています。

それによれば、このような機械は紀元前300年頃から存在しており、古代ギリシアの優れた発明家アルキメデスやキケロの友人であり天文学者のポセイドニオスもこの天体観測器を作っていたとされています。

古代ギリシアの発明家アルキメデス

image by wikimedia

研究者によればアンティキティラ島の機械は初めて作ったものにしては洗練され過ぎており、それより以前に存在していた同種の機械の改良版の可能性があるそうです。その証拠にアンティキティラ島の機械は公共施設などに設置する大型のものではなく、携帯できるように文字盤が小さく本体も小型化が試みられています。

オーバーテクノロジーとしてオーパーツに数えられたアンティキティラ島の機械ですが、現代の私たちが考えるよりも人類の技術力はずっと早く進歩していたのかも知れません。
 

アカンバロの恐竜土偶 共生の矛盾

アカンバロの恐竜土偶とは1945年にメキシコのアカンバロで発見された恐竜を模したと思われる土偶です。ドイツ人の実業家ワルデマール・ユルスルートが見つけたこの土偶は、その後の調査で37,000体以上が発見されています。

アカンバロの恐竜土偶

image by wikimedia

研究チームがこの土偶の年代鑑定をしたところ、C14法(ベータ線計数法)で紀元前1000~4000年、熱ルミネッセンス法で紀元前2500年頃という結果が出たのです。恐竜が絶滅したのは今から6500万年ほど前で、人類が誕生したのは400万年ほど前のことですから人類と恐竜が共存していた時代はありません。

しかし、この土偶は恐竜をモデルにして作られたと見られるものだけでなく、人間と恐竜が共生しているようなものまでが含まれていたのです。そのためアカンバロの恐竜土偶は人類と恐竜が共生していたあり得ない証拠としてオーパーツと呼ばれるようになりました。

しかし、アカンバロの恐竜土偶は数ある土偶の中から恐竜に似ているものだけをピックアップして問題視していると指摘されるようになります。また、年代鑑定も科学的根拠に乏しく本当に太古から土に埋まっていれば検出されるはずの土中塩類も発見されませんでした。

さらには土偶が発見された遺跡を調査したところ未発掘と思われていたその場所から一度掘って埋めなおしたような跡まで見つかったのです。

土偶の恐竜が過去に誤った復元モデルによって信じられ現在では否定されている直立歩行の姿をしていたことも、これが最近になって製造され意図的に埋められたという説を後押ししました。

アカンバロの恐竜土偶の真相

image by British Museum

これらの理由から現在では発見者のユルスルートが、アカンバロを遺跡に仕立て上げるために土偶を埋めたという説が一般的になっています。現在、アカンバロの恐竜土偶が発見された村はダムに埋め立てられ、これを阻止するのがユルスルートの狙いだったのではないかといわれています。

しかし、ダム工事を阻止するためだけに本当に37,000体もの土偶を埋める必要があったのか疑問は残ります。そのためこのオーパーツを信じている人は現在でも少なくありませんが、真相は既にダムの底です。
 

ヴィマナの設計図 ヴィマニカ・シャストラ

ヴィマナはヒンドゥー教やサンスクリットの叙事詩で語られる空飛ぶ巨大な宮殿です。火と水を燃料に宇宙まで飛ぶことができ、12本の柱、1つの車輪、3つの機関、300の回転軸、60の装置を持つといわれています。

破壊することは絶対に不可能で太古の昔に行われた古代戦争では強力な兵器として圧倒的な力を誇ったと語り継がれています。

ヴィマナ

image by Pushpaka vimana

このヴィマヤ自体は発見されておらず、あくまで伝説上の乗り物とされてきました。しかし、その設計図である「ヴィマニカ・シャストラ」の存在が世に明かされるとオーパーツとして多くのミステリーファンを沸かせることになりました。

ヴィマニカ・シャストラはサンスクリット語で書かれた文献で、1952年にG. R. ジョシヤルによってその存在が明らかにされました。彼によればこの設計図はインドで1万年ほど前に存在したと信じられている仙人マハリシ・バラドヴァージャの口述をインドの有名な伝統作曲家パンディット・スッバラヤ・シャストリが書き起こしたものだといいます。

その内容は全8章3000の詩篇からできており、代々チャネリング(高度な精神の情報伝達)によって伝えられてきたとされています。

ヴィマナの模型

image by Nasiyan Jain Temple(ヴィマナの模型)

しかし、1974年にバンガロールのインド理科大学院によって行われた調査の結果、ヴィマニカ・シャストラの記述内容は航空工学・機械工学的に見て根拠がないという結論に至っています。研究チームはこの設計図を信じてヴィマナを造ったとしても飛行機械として全く破綻していると発表しました。そのためヴィマニカ・シャストラはオーパーツなどではなく単なる捏造だったという認識が一般的です。

余談ですが2012年にアフガニスタンに侵攻した米陸軍の兵士たちが現地でヴィマナと見られる物体を発見したとネットで話題になりました。

兵士たちがヴィマナの装置と見られるものを運び出そうとしたところ8人の兵士がその場から消えてしまったそうです。

ヴィマナの発見

image by Steve Quayle

このニュースは果たして事実だったのでしょうか?

乗り物という意味では有名なノアの方舟もオーパーツのひとつと言えるかも知れません。実在が期待されているノアの方舟については関連記事にまとめています。

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トルコの古代ロケット 古代の宇宙飛行士

トルコの古代ロケットはイスタンブルのトゥスパ遺跡から発掘されたロケットのように見える彫刻の遺物です。このロケットは長さ23センチメートル、高さ9.5センチメートル、幅8センチメートルほどの大きさでコックピットと思われる部分には宇宙服を着ているような人物が彫り込まれていました。

さらに後部にはエンジンの噴出口のようなものまで作られており、明らかに飛行するための文明機械に見えました。しかし、鑑定の結果このロケットは紀元前9世紀〜紀元前585年頃に栄えたウラルトゥ王国時代のものとわかりました。

当然のことですが今から3000年以上前の人類は飛行機械どころか高度な機械文明さえ持っていませんでした。そのためトルコの古代ロケットはオーパーツとして語られるようになったのです。

このオーパーツは考古学研究家のゼカリア・シッチンの著書「The Earth Chronicles Expeditions」で紹介されたことで世界的に有名になりました。彼はこのオーパーツと古代宇宙飛行士説を関連付けて説明しています。

古代宇宙飛行士説とは太古に宇宙から飛来した地球外生命体が人類の起源となる文明を築いたとする説です。

古代宇宙飛行士説

image by wikimedia

トルコ周辺のメソポタミアには最古の都市文明であるシュメールという人々が暮らしていたと考えられています。このシュメール人は最古の文明とされながら高度に発達した文字や建築技術、行政や軍事制度を有していました。また、人類で最初に太陽暦を生み出し日食や月食などの天体運動まで把握していたとされています。

シュメールは太古の文明にして高度な技術を持ち謎も多いことから、シュメール人は地球外生命体だったのではないかという意見が上がっているのです。

シュメールの王グデア

image by wikimedia(シュメールの王グデアの像)

古代宇宙飛行士説は考古学的な根拠がなく現在ではオカルトの域を脱していません。しかし、トルコの古代ロケットのようなオーパーツが古代に存在した超文明の謎を解く証拠になるのではないかと期待する研究者がいることも事実です。

人類の起源については関連記事で詳しくまとめています。
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バグダッドの電池

バグダッドの電池は1932年にイラクのバグダッドで発見された壺型の土器です。壺の大きさは高さが14センチメートル、直径は8センチメートルほどで中には10センチメートルほどの筒状の銅と7.5センチメートルほどの鉄の棒が入っていました。

ドイツ人研究者のヴィルヘルム・ケーニヒはこれが紀元前250年頃のパルティア時代に作られた電池なのではないかと発表しました。壺の底には液体が入っていた痕跡も残っており、電解液が入っていたと考えれば理論上は微弱な電気を発生させることが可能だったからです。

バグダッド電池

image by atlasobscura

現在はその模様形式からパルディア時代に作られたものではなく、5世紀から6世紀頃のササン朝時代に作られたものであるという見方が強くなっていますが、それまで電池が発明されたのは1800年代になってからというのが常識でした。

そのためバグダッドの電池は存在するはずのないオーバーテクノロジーとしてオーパーツの仲間入りを果たします。

バグダッドの電池に似た土器はその後もバグダッド近辺で複数発見され、研究者が復元レプリカを作り実際に電流が発生することも証明しました。それによればこの壺は電解質になる酢やワインなどを使用して2ボルトほどの電流を生み出すことができたといいます。

バグダッド電池の電流

image by smith.edu

バグダッドの電池には呪文のような文字が書かれたものも出土していることから宗教的な儀式やお祓い、電気治療などに使われたのではないかと考えれています。

また、微弱な電気を発生させることで金属に金や銀などの貴金属をメッキするのに使用された可能性も指摘されています。

しかし、実際に当時の人々が電池を使っていたという記録は残っていないため真相はわかっていません。また、古代メソポタミアでは銅や鉄には魔除けの力があったと信じられていたため、単なる魔除け付き物入だった可能性もあるといわれています。

人々に災いをもたらす伝説の存在、悪魔については関連記事で詳しく紹介しています。
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アッシリアの水晶レンズ

アッシリアの水晶レンズは1853年にイラク北部に位置する古代アッシリアの墓から発見されたレンズ状の遺物です。大きさは長さが4.2 センチメートル、幅が3.4センチメートル、厚さが0.6センチメートルほどで、レンズから12センチメートルの距離に焦点が合う作りになっていました。

古代アッシリアの墓は紀元前7世紀頃に建てられたのものなので、アッシリアの水晶レンズは一般的なレンズの発明よりも1000年近く前に作られたことになります。そのためオーパーツと呼ばれるようになりました。

アッシリアの水晶レンズ

image by wikimedia

アッシリアの水晶レンズは発見地のニムルド遺跡や発見者であるオースティン・ヘンリー・レヤードにちなんで「ニムルド・レンズ」や「レヤード・レンズ」と呼ばれることもあります。

レヤードはこれを発見したときに真っ先にそれがレンズであると連想した語っています。そして、実際にアッシリアの水晶レンズは本の文字を拡大して読むことができました。

オースティン・ヘンリー・レヤード

image by wikimedia

しかし、彼はこのレンズが多くのガラス片に混ざって落ちていたため、レンズとして作られたものではなく入れ物としてのガラスが自然に円形に砕けた偶然の産物ではないかと証言したのです。

現在、アッシリアの水晶レンズは世界最古のレンズとして大英博物館に展示されていますが、人工物ではなく偶然レンズの機能を持ったガラスだと説明されています。
 

ピラミッド・アイ・タブレット

ピラミッド・アイ・タブレットは1980年代にエクアドルの金採掘師が発見したピラミッド型の石の遺物です。高さが27センチメートルほどの三面の三角形をしており、頭頂部にはプロビデンスの目のような模様と底面には金細工でオリオン座の配置が描かれていました。

ピラミッド・アイ・タブレット

image by emadion

また、サンスクリット文字で「創造主の息子がやってくる」という意味の記述がされていました。同じ場所からは他にも350を超える遺物が発掘されています。

不思議なことにピラミッド・アイ・タブレットは紫外線を当てると目が発光し、同時に発見された他の遺物も同じ反応を見せました。

存在理由のわからないこの奇妙なオーパーツは1999年に「未解明の謎展」に展示されたことで世界中から注目を浴びることになりました。

ピラミッド・アイ・タブレット 紫外線で光る

image by ancient-code

ピラミッド・アイ・タブレットは発見の後に発掘者の友人に譲られ個人の所有物になったため科学的な調査は行われていません。しかし、発見時の状況から考えると数百年は前の時代に作られたものだと考えられています。

上部に描かれたプロビデンスの目はアメリカの1ドル札に使用されフリーメイソンのシンボルとしても有名ですが、その起源は古代エジプトの天空神ホルスにあるといわれています。

そして、底面に描かれたオリオン座の配置ですが、ナイル川を天の川に見立てたときにエジプトの三大ピラミッドがオリオン座の配置になることは以前から指摘されています。

また、サンスクリット文字による「創造主の息子がやってくる」という記述もエジプトの最高神ラーの息子であるホルス神を表しているのではないと考えられています。

天空神ホルス

image by wikimedia(Rhys Davenport)

これらの理由からピラミッド・アイ・タブレットはエジプトに深く関係した遺物なのではないかといわれているのです。

しかし、何故この遺物がサンスクリット文字が使われていた古代インドや東南アジアではなく、南米のエクアドルで発掘されたのかは謎のままになっています。
 

黄金ブルドーザー

1940年にアメリカ、パナマ南部のコクル地方でマヤ文明の遺物と思われる大量の黄金細工が発見されました。そのほとんどは現地の動物を模していましたが、分析にあたった動物学者のアイヴァン・サンダーソンは説明の付かないひとつの奇妙な金細工を見つけました。

それは長さが20センチメートルほどの金細工で頭はワニのような特徴をしていました。しかし、足の間接はすべて逆に付いており、胴体は短く背中には巨大なエメラルドが埋め込まれていたのです。

また、尻尾は太い長方形をしており、サイドミラー歯車のような装飾が付けられていたのです。サンダーソンはこれを動物ではなく当時のブルドーザーのような乗り物を模して作られたものだと考えました。

黄金ブルドーザー

image by ocregister

彼はこのブルドーザーについて前肢に見える部分はシャベル、口の部分はバケット、胴回りの模様はキャタピラを表し、背中のエメラルドは人が座る台座だと説明しました。

コクル地方では古くから金細工の文化があったことは知られているものの歯車や車輪を使った機械を用いたという記録は見つかっていません。そのため黄金ブルドーザーは存在するはずのない遺物としてオーパーツのひとつになったのです。

黄金ブルドーザーのモデルはジャガー

image by wikimedia(USFWS)

多くの研究者は黄金ブルドーザーの存在を否定しました。先述したとおりマヤ文明が歯車のある機械を使用した痕跡が見つかっていなかったためです。否定的な意見の多くはこれはブルドーザーやワニではなく現地の神聖な生き物であるジャガーを模したものであると説明しました。

また、歯車のように見えるものは太陽であり、エメラルドが当時宗教的な儀式に用いられていたことから王や身分の高い人への献上品だったのではないといわれています。

しかし、マヤが含まれる当時のメソアメリカ文明からは車輪機械の痕跡が無いにも関わらず車の玩具も見つかっています。また、コクルやマヤ文明の人々は伐採に長けていたと考えられているためブルドーザーのような伐採機械の存在を完全に否定できないことも事実なのです。
 

ネブラ・ディスク

ネブラ・ディスクは1999年にドイツのネブラ近郊の村ヴァンゲンに接する山間で発見された青銅でできた円盤です。

この円盤は重さが2キロほどで、直径はおよそ32センチメートル、厚さは一番厚い中央部で4.5ミリメートルほどの大きさでした。また、表面には金で月や太陽、星を表したと思われる装飾が施してありました。

ネブラ・ディスク

image by wikimedia(Dbachmann)

この円盤の発見時、同じ場所からは剣や斧、腕輪など複数の調度品も一緒に発見されています。これらを鑑定した結果、今から約3600年前の紀元前1600年頃に埋められたことがわかったのです。

また、その後の研究でこの円盤は天体の動きを観測する天文盤である可能性が指摘されました。しかし、それまでは西欧の青銅器文化時代の人々が天文盤を用いる高度な天体観測技術を持つとは考えられていませんでした。

そのためこの円盤は古代のオーバーテクノロジーとしてオーパーツの仲間入りを果たし、発見地から名前をとってネブラ・ディスクと呼ばれるようになります。

ネブラ・ディスク

image by wikimedia(Dbachmann)

その後、調査が進みネブラ・ディスクは金で描かれた模様を天体に合わせることで一年を通して日の出や日の入りなど太陽の動きを正確に観測できることがわかりました。

また、太陽暦と太陰暦を組み合わせるために、太陽の位置だけでなく月の位相も観察する高度な天体観測を行っていたこともわかったのです。

ネブラ・ディスクでの天体観測

image by wikimedia

これにより当時の人々は今まで考えられていたよりもずっと先進的な農業や生活を送っていた可能性があると発表されました。

現在、学会に認められたネブラ・ディスクはオーパーツではなく、西欧における天体観測の始まりを1000年以上更新した貴重な証拠とされています。
 

南アフリカの金属球

南アフリカの金属球は南アフリカの西トランスヴァール州鉱山から見つかった用途不明の金属球です。この金属球は表面に三本の線が彫られており、内部は空洞の物や繊維状のガラスが詰まった物もありました。

この金属球は葉ろう石(パイロフィライト)という石の中から見つかりましたが、鑑定の結果この石ができたのは今から約28億年前でした。

28億年前の地球といえば先カンブリア時代にあたり人間どころが細菌のような原始的な生命しか存在していませんでした。そのため人工物に見える南アフリカの金属球はオーパーツではないかといわれるようになったのです。

その後、南アフリカの金属球はクラークスドルプ市博物館に展示されることになりました。しかし、展示中の金属球が少しずつ回転していることが判明し、多くのミステリーファンの注目を集めます。

博物館の館長はこの現象を近くの鉱山採掘の振動によるものだと説明しましたが、地球の磁力に反応しているのではないかという指摘もありました。

南アフリカの金属球の溝

image by amusingplanet

南アフリカの先住民族であるズールー族には不思議な金属球に関する伝説が残されています。

それによれば数千年前に海を渡ってやってきたある民族が、ズールー族への感謝のしるしに聖石である金属球を贈ったというものでした。彼らはこの金属球を航海の際の方位磁石として使っていたといいます。

南アフリカの金属球の種類

image by amusingplanet

不思議な逸話を持つ南アフリカの金属球ですが、実は長い時間をかけて形成される自然物であることがわかっています。火山の噴出物などが長い期間をかけて沈殿、凝縮することでこのような金属球を形成するといいます。

ちなみに現在では南アフリカの金属球と同じような鉱物は世界中で見つかっています。
 

古代の鉄製ハンマー

古代の鉄製ハンマーはアメリカのテキサス州で発見されたハンマーの化石です。このハンマーの化石がみつかった地層は少なくと1億年以上前のもので、ハンマーどころか人類も誕生していません。

古代の鉄製ハンマー

オハイオ州のベイテル記念研究所が分析したところこのハンマーには2.6%の塩素が含まれていることがわかりました。しかし、現在の加工技術を持ってしても塩素を含んだ合金を作ることは不可能です。
 

カンブリア紀の金属ボルト

カンブリア紀の金属ボルトもハンマーの化石と同様に太古の地層から発掘されました。この金属ボルトは1997年にロシアで見つかりましたがその地層はなんと15億年前のカンブリア紀のものでした。

カンブリア紀の地球といえば地上に生物はほぼ存在せず、海洋生物の楽園として知られています。

カンブリア紀の金属ボルト

この奇妙な金属ボルトは数トンの力を加えても変形せず、X線で確認したところ内部にはさらに小さなボルトが10個近く内蔵されていたそうです。モスクワ航空大学のチェルノブロフ教授は「これはカンブリア紀にやって来て故障した宇宙船の破片だ」と説明しており、そう考えないと説明が付かないのが現状です。

 

バールベックの巨石

バールベックの巨石は世界遺産として登録され、ジュピター神殿の土台として使われている「トリトン」と呼ばれる巨石です。その重さはおよそ950トンといわれており、人力で動かすなら15000人が必要な計算になるのだそうです。

バールベックの巨石

この巨石は現在の重機でやっと動かせるほどの重量なので、約2000年前の人々がどのようにしてこれを運搬したかは謎とされています。
 

パレストリーナのナイルモザイク画

パレストリーナは紀元前1世紀に建てられた神殿ですが、そこに奇妙なモザイク絵が発見されました。この絵には6500万年前に絶滅したはずの恐竜や、氷河期に絶滅したサーベルタイガーとみられる生物が人々と並んで描かれています。

パレストリーナのナイルモザイク画

研究者たちの間では絶命動物の生存説の裏付けになるとする意見も多いのだそうです。
 

ヴォイニッチ手稿

ヴォイニッチ手稿は1912年にイタリアで発見された古文書です。未解読の文字が記され、多数の奇妙な絵が描かれている事が特徴で有名なオーパーツのひとつです。

大きさは23.5センチメートル×16.2センチメートル、厚さは5センチメートルほどです。謎の文字で書かれた文章は解読が困難で、この本の正式な題名すらわかっていません。

植物の絵が多いですが銀河や天体など宇宙を思わせるものやプール、浴槽に浸かった女性など不可思議なものばかりが描かれています。

ヴォイニッチ手稿

手稿の執筆時期はわかっていませんが、使用されている羊皮紙は1404年~1438年頃に作られたことが判明しています。作者に関しても詳しくはわかっておらず、宗教的迫害から研究を守るため暗号を用いた薬草学者などの説もあります。しかし、この説では銀河や天体、女性の絵の説明は付きません。

ヴォイニッチ手稿2

ヴォイニッチ手稿の謎が解明されました!詳しくは関連記事にまとめています。

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ミッキーマウスの壁画

オーストラリアのマルタ村で発見された壁画にはミッキーマウスに似た生き物が描かれています。問題はこの壁画が700年前に描かれたものだということした。

ミッキーマウスの壁画

そんな馬鹿なと言ってしまいそうになるこの壁画ですが、現在では有名な観光地になっているそうです。
 

パレンケ王の石棺の浮き彫り

パレンケ王の石棺の浮き彫りは1952年に古代マヤの遺跡「碑銘の神殿」の地下で見つかりました。この石棺は縦3メートル、横2.1メートル、高さ1.1メートルの大きなもので重量は5トンにもなる一枚岩をくり抜いたものでした。

そしてこの石棺にはまるでロケットに載った宇宙飛行士のような絵が刻まれていました。

パレンケ王の石棺の浮き彫り

この絵にはマヤ文明が宇宙人によって作られた文明である根拠であるという説や、縦に見て生命樹の下に寝そべる王を表現したものでロケットのように見える部分はトウモロコシ、噴射炎は口を開けた大地の神であるという見解もあるようです。
 

日本のオーパーツ一覧

聖徳太子の地球儀

聖徳太子の地球儀は兵庫県太子町の斑鳩寺に伝わるソフトボールほどの大きさの地球儀です。表面にはユーラシア大陸やアメリカ大陸が描かれており、聖徳太子の時代から1200年後に発見された南極大陸やムー大陸まで確認することができます。

聖徳太子の地球儀

科学的な分析の結果、聖徳太子の地球儀は石灰でできており漆喰の技法が用いられていることがわかったそうです。

幻の大陸ムーやアトランティスについては関連記事にまとめています。

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そもそもオーパーツとは?

オーパーツとは、発掘された場所や地質時代に対して技術的・考古学的に矛盾があったり、そもそも存在すること自体に疑問が生じる物体の総称です。

英語の「out-of-place artifacts」の略で「OOPARTS」、つまりは「場違いな工芸品」という意味があります。この名前はアメリカの超常現象研究家アイヴァン・サンダーソンによって付けられました。

オーパーツとは

image by pixabay

オーパーツは考古学においてその成り立ちや製造方法などが不明とされており、当時の文明の技術、知見では到底製造が不可能な出土品です。また、遺跡や壁画、化石などにもこの言葉が使われることがあります。

オーパーツは考古学における特に有名なミステリーのひとつで世界中に数多くのファンが存在しています。
 

オーパーツの謎

オーパーツは何故存在し、どのようにして製造したかわかっていません。中には現在の加工技術を持ってしても作成困難な物も存在します。

このことからオーパーツは科学技術の発達した超古代文明や古代に地球にやって来た宇宙飛行士(異星人)が作ったという説もあります。こういうと突拍子もない話に聞こえますが、そのように考えるしか説明がつかないオーパーツが存在することも確かなのです。
 

いかがでしたか?オーパーツは売名や詐欺的な動機でのねつ造も多いです。しかし、完全にその存在が謎なものも多く存在しています。

現在の私たちにはオーパーツは理解しがたいものですが、もしかしたらこれらが地球の真実なのかも知れません。

reference: wikipedia / written by ギベオン編集部